導入事例 | 株式会社プロゴス

多様性に富んだ組織づくりのためのCEFR活用:株式会社メルカリ様

作成者: PROGOS事務局|25/10/05 23:00

多様なメンバーが集まる組織のインフラである言語について戦略的に取り組む専門チーム

プロゴス社
まずは、親松様が所属されているLanguage Education Team(LET)の貴社内での役割について教えてください。

 

親松様

メルカリには「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」というミッションがあります。世界中の人に受け入れられるプロダクトやサービスを作るためには、サービスを提供する側であるわたしたち自身も多様な視点を持つことが不可欠で、現在、約55の国と地域から人材が集まり協働しています。このような環境において、言語に関する課題には本気で取り組む必要がありました。

こうした背景から、2018年にLanguage Education Team(LET)が発足しました。

 

2018年当時のチームには英語教育と日本語教育の専門家が集まり、シラバスや教材の設計から評価の仕組みづくり、さらにはレッスンの実施まで、すべて自分たちの手で一から形にしてきました。当時のLETの位置付けは、いわば「社内にある語学学校」だったと思います。

 

取り組みを重ねる中で、言語教育は単なる個人のスキルアップ施策にとどまるべきものではないと思いました。言語への取り組みは、組織文化の醸成やインクルージョンの推進といった経営戦略上の重要なテーマと密接に関係しているという認識から、2025年の7月よりLETは組織開発・人材開発チーム(以下、OTD)の傘下に位置づけられ、より広い組織課題と連動させていきたいと考えています。

メルカリ「FY2025.6 Impact Report」より

 

プロゴス社

LETがOTDに属することで生まれたメリットはどんなことでしょうか?

 

親松様

LETは、チーム発足当時からCEFRの考え方を軸に、カリキュラムの設計、目標の設定、そして評価の仕組みまでを一貫して自分たちで作ってきました。これらはすべて、メルカリが目指す姿の実現を目指して、会社の価値観や人事施策全体と整合させながら進めてきたものです。

 

このプロセスを通じて、言語教育は単なる「個人の能力向上」がゴールではなく、社員のマインドセットや行動がどう変化し、それが他者やチームにどんな影響を与え、最終的に組織にどのようなインパクトをもたらすのか。そうした組織開発の領域への探究心を持つようになりました。

 

こうした背景から、OTDに合流することはごく自然な流れでした。人材開発や組織開発の課題と、言語課題をセットで捉え、これまでよりもさらに踏み込んだ施策として設計できるようになっていくことが、OTDに属することの大きなメリットだと思っています。

CEFRという物差しで組織のパフォーマンスを高める

プロゴス社:

貴社では英語だけでなく日本語など他言語にCEFRレベルを活用されていますが、それはどんな背景があるのでしょうか?

 

親松様:

メルカリには、英語のほうが得意な社員と日本語のほうが得意な社員が同じチームに所属しているケースが多くあります。そのような環境で業務を行う場合、取り入れられることの多い従来の指標、たとえばTOEICの点数やJLPT(日本語能力試験)のレベルだけでは、実際にどのようなコミュニケーションができるのかを判断することは困難です。これらのテストが示すのは知識量の目安に過ぎず、たとえばミーティングでどのようなパフォーマンスができるのかなどが、なかなか見えてこないのです。

 

また「環境にいれば自然に身につく」と言われることもありますが、業務で求められる言語力は場面によって異なります。たとえば資料を読む力はあってもミーティングでは発言できない、簡単なタスクの説明はできても抽象的な議論になると途端に難しくなる、といったことが起きます。共通の基準で「言語を使った行動目標に対する達成レベル」を可視化する必要がありました。

 

そこで私たちは、英語と日本語を共通の物差しで測定できるCEFRを導入しました。CEFRは「どんな行動がどんなレベルでできるのか」という評価が可能です。例えば、同じチームに日本語が得意で英語があまり得意ではない人、日本語と英語の両方を使いこなせる人、日本語の学習経験がない人がいる場合、両言語を扱えるメンバーがコミュニケーションの仲介役となり、チームの協力体制を築くことができます。そのレベルの目安がB2レベル以上であることです。B2以上になるとこうしたコミュニケーションの仲介行動ができるようになっていきます。

 

さらに、CEFRレベルを把握することで、チームのコミュニケーション課題をより具体的に見つけやすくなります。このメンバー同士はあまり話をしていないのではないか、特定の人による仲介の負荷が高すぎるのではないかとか、といった実態が浮かび上がり、必要なトレーニングやサポートにつなげることができます。

 

採用においても、チームの状態を見ながら「どの言語レベルの人材が必要か」という目安をCEFRで定めています。外国籍社員の採用では、日本語能力を必須としないポジションも多くあります。ただし職種によっては、高い日本語レベルを条件とする場合もあります。

 

日本語と英語ができるメンバーがチーム内のコミュニケーションの仲介を行うことができるようになる

CEFRの行動中心アプローチが自社がめざすことに合致

プロゴス社:
早い段階から言語指標にCEFRを導入していらっしゃいますが、その理由を教えてください。

 

親松様:

導入の背景には、英語・日本語ともに「文法知識の積み上げ」中心の教育や評価だけでは、実際の業務で成果を出すのに十分ではないという問題意識がありました。高いTOEICのスコアやJLPTの取得レベルが高くても、ミーティングで発言できなかったり、身近な同僚に声をかけられなかったりするケースは少なくありませんでした。

 

そこで私たちは「その言語を使って何ができるか」という行動に焦点を当てる必要があると考え、言語教育プログラムにCEFRの行動中心アプローチを採用しました。社員が業務の中で直面するタスクを起点に学習や評価を設計することで、実際の仕事や社員同士の関係性づくりに直結した言語能力の育成が可能になりました。

 

プロゴス:

CEFRの行動中心のアプローチが貴社が目指すことに合うというのは、具体的にどういうことですか?


親松様:

行動中心のアプローチで最も特徴的なのは、「達成したい行動目標がある」ということを起点としていることです。例えば、海外のカンファレンスに登壇して英語で発表するという行動目標があるとします。この場合、その目標を達成するために必要な言語スキルに沿って学習項目を組み立てていくことができます。

 

言語の知識量を増やすこと自体が目的ではなく、実際の業務を遂行するためにどんな言語のスキルが必要なのかを基準にすることが重要です。日本語ならできることを英語でもできるようにする、英語や母語でできることを日本語でもできるようにするといった形で、言語をまたいで同じ行動を可能にしていきます。自己紹介ができる、会議で意見を述べるといった具体的な行動を基準に学習や評価を設計することで、学んだことを日々の業務に直結させることができます。行動中心アプローチは、社員が「言語にかかわらず最大限能力を発揮できる」ように後押しする仕組みであり、組織全体の成果にもつながっていきます。

「やさしいコミュニケーション」で相互に歩み寄る視点を

プロゴス社:
言語コミュニケーションについて貴社ならではの工夫があれば、教えていただけますでしょうか。

 

親松様:メルカリの特徴は、「やさしいコミュニケーション」を大事にしていることです。これは、それぞれの言語の学習者にとって理解しやすい「やさしい日本語」や「やさしい英語」を活用し、母語話者も学習者に歩み寄ることで、言語レベルの違いに関わらず誰もが安心して議論に参加できるようにするための取り組みです。

 

具体的には、曖昧な表現を避けて短くはっきりと伝える、相手の理解を確認しながら話を進める、といった実践を社内で促しています。こうした工夫によって、言語の得意不得意に左右されずにチーム全体の生産性や心理的安全性が高まり、多様な視点がより生かされるようになります。

データドリブンで戦略的な組織開発を目指す

プロゴス社:

LETを今後どんなチームにしていきたいですか?また言語学習支援でこれからやりたいことは何ですか?

 

親松様:

これからのLETは、単なる言語教育のチームではなく、言語の課題解決を図ることで組織を強くしていく存在へと進化していきたいと考えています。AIが進化し高度な自動翻訳や通訳が可能になっていきます。AIの時代においては「異なる背景を持つ人とどう対話し、新しい価値を生み出すか」が重要になります。私たちは、組織課題に対して戦略的に取り組むチームでありたいという意思を明確に持っています。そのためのデータ分析と、そこから得られた情報をどう活用していくのかがポイントになります。

 

まず現在地を客観的に把握するために、PROGOSの受験データを収集し診断に活用しています。受験データもかなりの量が蓄積されてきており、これをもとに組織開発につながる分析をさらに進めていく予定です。また、LETが持っているデータと他のデータを組み合わせることで、新しい価値を生み出せると考えています。現在、言語教育プログラムの成果について調査するべくサーベイを設計し調査を始めています。ここで得た評価と受講者の行動変容を照らし合わせることで、施策の効果を可視化することがねらいです。

 

例えば、CEFRでB2に到達した社員が組織にどのようなインパクトを生み出しているのかを把握したいと考えています。B2になることで他者との関わり方や意識がどう変わるのか。その分析によって、B2に到達することの価値が明確になり、組織としての目標設定にもつながると感じています。さらに、B2レベルに達することをゴールにするのではなく、B2レベルに求められる期待行動にどの程度応えられているかを評価することも重要です。CEFRの行動中心アプローチに基づけば、それが可能になると考えています。

 

そして何より大切なのは、どの研修も「受講を完了すれば終わり」ではないということです。私たちが目指しているのは、人と組織を変えていくこと。その原点を忘れずに、今後も言語教育を人材開発・組織開発の一環として位置づけ、メルカリの成長を支えるチームであり続けたいと思います。

 

プロゴス社:

CEFRを深く理解し組織開発に活用されていることがよくわかりました。ありがとうございました。